遠藤龍之介フジテレビ新社長!将棋の師匠は加藤一二三って本当?wikiプロフィール

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2019年6月26日にフジテレビジョン代表取締役社長COO、フジ・メディア・ホールディングス取締役に就任した遠藤龍之介(えんどうりゅうのすけ)さんは将棋が強いことで知られています。

遠藤龍之介さんの将棋の腕前は「奨励会なら初段、アマなら五段か六段」と言われていて、日本将棋連盟の非常勤理事も務めているほどの実力者です。

 

そんな遠藤龍之介さんの将棋の師匠が加藤一二三さん、あの素敵なキャラで有名なひふみんではないか?という噂がありますがどうなのでしょうか?

 

そして遠藤龍之介さんが小学校1~2年生の頃に将棋を教えたのが父親なのですが、この父親がまた有名で凄い方だったのでビックリです。

父親との将棋にまつわるエピソードや関わりも面白いので、シェアしたいと思います。

 

という事で今回はフジTV新社長の遠藤龍之介さんについて

  • 遠藤龍之介さんの将棋の師匠は加藤一二三?
  • 将棋を教えた有名な父親とのエピソード
  • 遠藤龍之介さんのwikiプロフィール

 

についてご紹介したいと思います。

師匠も父親もビックリですが、プロフィールもビックリですよ(汗)

出典:マイナビニュース

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遠藤龍之介の将棋の師匠は加藤一二三って本当?

遠藤龍之介さんは居飛車党で、矢倉囲いを得意としています。

この戦法のオーソリティが加藤一二三さんで、実際に遠藤龍之介さんはひふみんから将棋を学んだそうです。

 

当時の遠藤龍之介さんは中学生、ひふみんは30代前半で九段の位を持っていて、約2年間ひふみんの元で将棋を教わっていたと言います。

とは言うものの、プロの棋士と芥川賞作家の息子はどこで出会ったのでしょう?

遠藤龍之介とひふみんの接点は?

 

実は遠藤龍之介さんと加藤一二三さんは、共にカトリック教徒です。

 

ひふみんは1970年12月25日にカトリック教徒としての洗礼を受けたのですが、その時の代父(宗教上の父親)を務めたのが遠藤龍之介さんの父親だったのです。

それが縁で将棋を教えてもらうようになり、ますます強くなったのですね。

 

人生はどこに縁があるか分かりませんが、ひふみんの代父を務めた遠藤龍之介さんの父親は誰なのか気になりますよね?

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遠藤龍之介に将棋を教えた父親は誰?

何とあの有名な小説家、遠藤周作さんが遠藤龍之介さんの父親なんです!

2017年には代表作である「沈黙」が、 マーティン・スコセッシ監督によって「沈黙ーサイレンスー」として映画化されて話題になりました。

 

遠藤龍之介さんが小学校1~2年生の頃、父親である遠藤周作さんから初めて将棋を教わったそうです。

最初は二枚落ちと言って、父親の周作さんが飛車・角を抜いたハンディキャップ戦での勝負でした。

 

それでも全く歯が立たず、「俺の息子なので何でそんなに頭が悪いんだ」と言われて悔しかったと話していました。

覚えたてなんだから当たり前なんですけどね(笑)

 

当時の遠藤龍之介さんの小遣いは月100円でしたが、「本ならいくらでも買って良い」と言われていたので将棋の本を何冊も買っては勉強したそうですよ。

その一年後には互角に戦えるようになり、やがて遠藤周作さんが勝つことは無くなりました

 

遠藤龍之介さんは負けず嫌いで努力家なんですね。

そうでなければフジテレビの社長には就任出来ませんよね。

 

遠藤龍之介と父・遠藤周作とのエピソード ~名前

遠藤龍之介さんが産まれたのは1956年6月3日です。

その前年の1955年に、遠藤周作さんは「白い人」という作品で芥川龍之介賞を受賞しています。

 

はい、もうお分かりですね?

遠藤龍之介の名前は、芥川龍之介から付けられたものです。

 

この事を遠藤龍之介さんは、「他の賞を取って、遠藤三十五とか遠藤乱歩とかにならなくてよかったと思います」と話しています。

バラエティのフジテレビ社長になるだけあって、ユーモアたっぷりですね。

 

遠藤龍之介と父・遠藤周作とのエピソード ~トラウマ

龍之介少年が7歳くらいの頃、遠足に行った時のことを作文に書いていました。

「お日さまがカンカン照って、汗がダラダラ流れました」と書いていた時、背中に気配を感じたそうです。

 

振り返ると遠藤周作さんが怖い顔をして見ていて、「何やってんだ!!さっきから見てれば『お日さまがカンカン』とか『汗がダラダラ』とか!!暑いことを表現するのに、そんなので伝わるはずがないじゃないか!!まず日陰の涼しさを書かなきゃダメだろ!!」と怒られてしまいます。

 

それ以来、龍之介少年は文章を書くのがトラウマになったそうです(泣)

7歳と言えば小学校1~2年生なので充分な文章力だと思いますけが、芥川賞作家の息子としては物足りなく感じたのかも知れません。

 

遠藤龍之介と父・遠藤周作とのエピソード ~芥川

遠藤周作さんは、芥川龍之介さんの息子の芥川比呂志さんと仲が良かったそうです。

ある日、遠藤家で芥川比呂志さんと遠藤周作さんがお酒を飲んでいる場面に、龍之介少年を呼び出しました。

そこで周作さんの口から「龍之介は本当にダメだ。龍之介はなってない、バカモノだ!」と説教が始まり、だんだん芥川比呂志さんが嫌な顔になっていったそうで(汗)
最後は苦虫を噛み潰したような芥川比呂志さんの顔を、龍之介さんは未だに忘れられないと話していました。
遠藤周作さんはこういうイタズラが好きなので家族は慣れているでしょうけれど、客人である芥川比呂志さんはそうではありませんからねぇ。
そして被害は少年期の龍之介さんにも及びます。

遠藤龍之介と父・遠藤周作とのエピソード ~手品

好奇心が強かった遠藤周作さんは、ある時に手品を習い始めます。

 

その日に習った手品を家族に披露するのがお決まりなのですが、元々がとても不器用な周作さん、仕込んだタネが家族に丸見えなのに本人は気付いていません。

当時10歳くらいの龍之介少年は「え?どうして?!」とわざとビックリしたフリをして、一生懸命に気を遣ったそうです。

 

一般的に作家先生という職業の方は、いつも家に居て気難しい人というイメージがありますよね。

ですから遠藤龍之介さんは、子どもの頃から気を遣うことにも慣れていたのでしょうね。

遠藤周作さんは親として幸せだったと思います。

遠藤龍之介と父・遠藤周作とのエピソード ~催眠術

好奇心旺盛ではあるものの飽きっぽい遠藤周作さんは、手品に飽きて催眠術を習い始めました。

今回も龍之介少年は気を遣い、催眠術にかかったフリ。

 

「お前は鉄だ」と催眠術をかけられ椅子に寝かされ、腹の上に鉄アレイを落とされます。

鉄になっている(設定の)龍之介少年は声も出せず痛みに耐え、腹筋が捻挫したかのように痛かったと。

後日病院に行くと先生に「こんなとこ、何をなさったんです?」とビックリされたそうです(笑)

 

現代だったら疑われて、児童相談所に連絡されてしまいますよね。

遠藤龍之介と父・遠藤周作とのエピソード ~彼女

 

遠藤龍之介さんが大学生の頃は、まだ携帯電話は普及していませんでした。

そのため彼女が龍之介さんと話したい時は遠藤家の電話にかけなければならず、これに遠藤周作さんが出るとイタズラが始まる訳です。

 

「◯◯と申しますが、龍之介さんいらっしゃいますか」とかわいい声で電話があると、作家でいつも家にいる遠藤周作さんが「ああ、◯◯さん、息子がいつもお世話になってます。◯◯さんは先週末に息子と箱根旅行に行かれたお嬢さんですよね?」と応対します。

 

そんなやり取りを全く知らない龍之介さん。

後日大学で彼女に会うと機嫌が悪く「どうしたの?」と聞いても「お父さまに聞いたわよ。自分の胸に手をあててよく考えて」と言われ、胸に手を当てても何も聞こえなくて困ったそうです(笑)

 

遠藤龍之介と父・遠藤周作とのエピソード ~居留守

これも彼女からかかってくる電話に周作さんが応対してしまった時の話です。

 

彼女から電話がかかってくると、わざと受話器の口を押さえずに一人芝居を始める周作さん。

まるで向こうにいる龍之介さんと話しているような口ぶりで「居留守を使ってくれって?俺は嫌だぞ。……本当にいいのか?しょうがないなあ…お待たせしました、龍之介はいないようです。」と話し、後始末がとても大変だったとか(泣)

 

流石に困った龍之介さんが抗議すると周作さんは、「お前はマルセル・プルーストの小説を読んだことがないのか?本当の愛というのは障害を越えてこそ輝くんだぞ。」と教えてくれたそうです(笑)

いや、人工的に作り出した障害はダメですよ~お父さん。

 

腹筋を捻挫したような痛みに耐えなければならず大変だったとは思いますが、大学時代に彼女と箱根旅行に行けている所を見ると、割と恵まれた生活をしていたのかも知れませんね。

有名作家を父に持つ遠藤龍之介さんの、wikiプロフィールを見てみましょう!

 

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遠藤龍之介さんのwikiプロフィール

出典:Twitter

 

名前      遠藤龍之介(えんどうりゅうのすけ)

生年月日    1956年6月3日

出身地     東京都

趣味      将棋

学歴      慶應義塾幼稚舎~慶應義塾大学文学部仏文科卒業

 

遠藤龍之介さんは慶應義塾幼稚舎から始まり、エスカレーター方式で慶應義塾大学卒業していますが、この学歴はご両親も同じです。

 

父親である遠藤周作さんには「大学受験は何の役にも立たない。そんなものに貴重な青春時代を浪費するのは愚の骨頂だ。」という考えもあったので、慶応義塾に入学させたのでしょう。

とは言え一家全員が慶應義塾出身とはビックリです!

 

遠藤周作さんと子どもの頃の遠藤龍之介さんには3つの約束事がありました。

  • 嘘をつかない
  • 友達を裏切らない
  • 弱い人間を馬鹿にしない

 

家での会話は敬語で、気を遣う場面も多い父子関係だったようですが、この約束を見る限り遊びに関しては理解があるように思えます。

そして最近のインタビューでも「有名作家の息子に生まれて良かった」と語っている事から、気は遣うし腹筋は捻挫するし彼女と揉めたりしたけれども、幸せな家庭環境だったのでしょうね。

 

遠藤龍之介のテレビマン経歴

1979年  フジテレビ入社

2003年  広報局広報部長

2004年  広報局次長兼広報部長

2006年  広報局長

2008年  取締役(広報室担当)広報局長

2010年  取締役(総務・人事・広報室担当)広報局長

2012年  常務取締役(番組審議室・CSR推進室・適正業務推進室・人事・広報担当)

2019年  フジテレビ社長就任

 

遠藤龍之介さんのプロフィールを改めて見ていると、所属していたのは慶應義塾とフジテレビのみという経歴に驚きます。

同期入社には元フジテレビアナウンサーの山中秀樹さんがいて、社長就任時にはこんなTweetをしています。

 

やはり社長に選ばれるような人は、若い頃から何かが違ったのでしょうね。

 

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遠藤龍之介ってどんな人?まとめ

  • 父親は芥川賞作家の遠藤周作
  • 将棋の師匠は加藤一二三(ひふみん)でかなり強い
  • フジテレビ入社の同期は花の81年入札組

 

将棋というのは、いかに先の展開を読んで行動出来るかで強さが変わりますし、刻一刻と変化すつ現状の見極めも大事です。

将棋が強い、つまりそういう選択に長けている遠藤龍之介さんが社長に就任されたということで、これからのフジテレビに注目ですね。

 

そして写真や数々のエピソードから、遠藤龍之介さんの優しい人柄や面白さが伝わってきて、私は個人的に応援したくなりました。

ありがとうございました。

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まっさんず

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