「母の日と言えば?」
「赤いカーネーション!」
と誰もが即答出来るほど定番になった組み合わせですが、実は白いカーネーションが母の日の始まりだったってご存知ですか?
今ではごく限られた方しか白いカーネーションは贈らないでしょうし、他にも「出来れば避けた方が無難かも?」と言われる色のカーネーションが、実はあったりします。
- それは何色のカーネーションでしょうか?
- そして、母の日が5月の第2日曜日なのはなぜなのでしょう?
- そもそもカーネーションは、赤でなければいけないのでしょうか?
等など、今まで氣にもしなかった母の日に関する事を調べてみました。
お世話になっているお母様(お義母様)へのプレゼントに悩んでいる方の、頭の片隅にでも置いて役立てて下されば幸いです。
母の日が5月の第2日曜日なのはなぜ?
そもそも母の日は、20世紀初めのアメリカのアンナ・ジャービスという一人の母親思いの女性の行動から始まりました。
アンナ・ジャービスの母親は、南北戦争時代に戦場の負傷兵の衛生改善活動等の社会活動を行っていた「アン・マリー・リーヴス・ジャーヴィス(以下アン・ジャービス)」と言います。
アン・ジャービス(母)は社会活動の他に教会で25年間もの間、教師を努めながら子ども達を育てあげ、1905年5月9日に愛する子ども達に見送られ旅立ち、その献身的な生涯を閉じたそうです。
アンナ・ジャービスは、そうして苦労して育ててくれたアン(母)に哀悼の意を示し、母が25年間もの間教師をしていた教会に彼女(母)が好きだったカーネーションを手向けたのだそうです。
これが母の日の始まりと言われており、1907年5月12日の日曜日の出来事です。
これに感動した約500人の人々が翌年1908年5月10日に同じ教会に集まり、母の日としてお祝いしました。
この時、アンナ・ジャービス(娘)は参加者全員に白いカーネーションを手渡したとのこと。
この活動から「母に感謝の気持ちを捧げる休日」を作るように議会に呼びかけ、1910年にはウエストバージニア州が母の日を認定します。
そして4年後の1914年には、ウィルソン大統領がアメリカの国民の祝日として「5月の第2日曜日を母の日」に認定したのだそうです。
白いカーネーションが赤に変わったのはなぜ?
そもそも最初は、アン・ジャービスが好きだった白いカーネーションを贈るのが母の日の始まりだったのに、現代では赤いカーネーションが定番ですよね。
それはなぜでしょう?
クリスチャンの間ではカーネーションの色に意味があるのだそうで、
- 白いカーネーション 十字架にかけられる前のキリストとマリア
- 赤いカーネーション 十字架にかけられた後のキリストの血
を、それぞれ表しているのだと言われていますから、アンナは白いカーネーションを贈ったのですね。
そして白いカーネーションには「亡き母をしのぶ」という花言葉があります。
ですので、
- 母が健在の人は赤いカーネーション
- 母を亡くした人は白いカーネーション
と区別した時期もあったようですが、「母親を亡くした子どもが傷つくのではないか?」という声が上がり、現代のように赤いカーネーションが定番になっていったようです。
色で違うカーネーションの花言葉
近年ではカーネーションの色にこだわる傾向は少なくなっていて、好きな色を贈るようになってきています。
ですから氣にする必要はないのですが、参考までに色によるカーネーションの花言葉を調べてみました。
濃い赤 「私の心に哀しみを」
赤 「母の愛」「愛を信じる」「熱烈な愛」
ピンク 「感謝」「上品・気品」「温かい心」「美しい仕草」
オレンジ 「純粋な愛」「熱愛」「清らかな慕情」
黄 「軽蔑」「美」「嫉妬」
白 「尊敬」「純潔の愛」「泣き母をしのぶ」
青 「永遠の幸福」
紫 「誇り」「気品」
やっぱり赤いカーネーションが無難だな~とも思いますが、義母にはピンクや紫もオススメかも知れませんね。
氣にしない傾向にあるとは言え、なんとなく黄色は避けようかな…と思ってしまいますが(汗)
黄色が好きなお母さんには「花言葉は『美』だよ!」とゴリ押ししておくといいかも知れません。
まとめ
現代では当たり前のイベントとなった母の日が、たった一人の母親思いの女性の行動からだったとは驚きでしたね。
小さな行動が議会を動かし国を動かし、今では大きな市場を動かしています。
ゴールデンウィークで多忙な時期でもありますが、色の意味を考えつつ感謝をこめてお花を選ぶのも楽しいかも知れませんね。
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