中村敬斗U-20日本代表イケメンアタッカーのプレースタイルは○○から?

スポーツ

2019年ワールドカップポーランド大会U-20日本代表メンバーで、Jリーグではガンバ大阪に所属する中村敬斗選手。

U-20代表メンバーの決定時には「滑り込み」や「ギリギリ」等の声も多数ある中、「(代表に)ギリギリで入ったことは承知の上で、覚悟を持ってこの試合に出た。」と冷静に自己分析して流通経済大学との練習試合に望むと、1ゴールを決めた上に複数ポジションをこなしてその存在感をアピールしました。

そして迎えた5月26日の対メキシコ戦で途中出場すると、ダメ押しの3点目につながるプレーで日本の完封勝利を決定的なものする活躍を見せてくれました。

 

これまでに中村敬斗選手は、2017年10月のU-17対ホンジュラス代表戦でのハットトリック飛び級でのガンバ大阪入団など、一見すると才能豊かなプレーヤーの順風満帆なサッカー人生のように見えますが、実はそうではなかったのです。
そこには中村敬斗選手のプレースタイルに対する信念と、支えてくれた恩師の存在がありました。

圧巻のゴールシーンの動画と共に、中村敬斗選手のプロフィールや経歴を見ていきましょう!

出典:Twitter

 

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中村敬斗選手の動画集

 

こちらは2018年3月14日に行われた対浦和レッズ戦の動画になります。
カウンターから一気にドリブルで駆け上がり鮮やかなニアを決めた、中村敬斗選手の記念すべきプロ初ゴールシーンです。

コメント欄を見ると浦和レッズへのツッコミが満載ですが(笑)、プロに入って間もない試合の後半ロスタイムという緊迫した場面で、落ち着いて堂々とゴールを決めた中村敬斗選手の冷静さに注目する事にしましょう!

 

こちらは中村敬斗選手の光るプレーの編集動画です。
ポジショニングの上手さ、狭いスペースを切り抜けるプレー等が分かりやすく編集されています。
BGMも格好良く、見ていて鳥肌が立ちます。

Pink Tsuiさん、ありがとうございます。

 

こちらはU-17時代の編集動画です。
背番号13が中村敬斗選手なので、注目して下さいね。

これだけの選手が滑り込みとかギリギリと言われたのが疑問に思えるほど、素晴らしいプレーの連続です。
黒砂中さん、ありがとうございます。

 

 

 

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GOAL😁🔥 #ガンバ大阪

中村敬斗さん(@nakamura.keito)がシェアした投稿 –

 

こちらは中村敬斗選手本人のInstagram投稿動画です。
ゴール前での落ち着いた状況判断も素晴らしいのですが、ドリブルのスピードが半端ないですよね。

あれだけの高速ドリブルからゴールにつなげるアタッカーの身長や体重はどのくらいなのでしょうか?
中村敬斗選手のプロフィールを見てみましょう。

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中村 敬斗選手のプロフィール

 

出典:Twitter

名前      中村 敬斗(なかむら けいと)

出身地     千葉県我孫子市

生年月日    2000年7月28日

身長/体重   180cm/75kg

血液型     A型

利き足     右

スパイク      ナイキ ヴェイパー12エリート

ポジション   FW(フォワード)

背番号     20

所属チーム   ガンバ大阪

 

何と身長は180cmもあるんですね。
そして体重も75kgありますから、当たり負けしない強いフィジカルにも納得です。

タッチの細かさとボール可動域の広さを兼ね備えた高速ドリブル恵まれた高さを活かした空中戦広い視野からの正確なシュートと、アタッカーとしては十分過ぎる素質を持つ中村敬斗選手ですが、現在のプレースタイルはいつ頃から出来ていたのでしょうか?

そのプレースタイルがクリスティアーノ・ロナウドに例えられることもある、中村敬斗選手の経歴を見てみましょう。

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中村 敬斗選手の経歴

出典:ゲキサカ

 

我孫子市立高野山小学校時代
高野山SSS
柏イーグルスTOR’82
柏レイソルU-12
高野山サッカースポーツ少年団

我孫子市立安孫子中学校時代
三菱養和SCジュニアユース

高校時代
三菱養和SCユース
ガンバ大阪~2018年

我孫子市立高野山小学校時代

小学校時代の経歴が凄いことになっていますが、その理由が今日の中村敬斗選手を作ったと言っても過言ではないでしょう。

4歳からサッカーを始めた中村敬斗選手、高野山SSSから柏レイソルのジュニアチームに参加するのですが、自身のプレースタイルに合わないという理由で柏レイソルジュニアを退団、高野山に戻るという誰もが驚く決断をしたのです。

当時、中村敬斗選手本人は個人技を磨きたかったのですが、柏レイソルはパス重視のサッカー指導をしていたので方向性は真逆ですもんね(汗)

 

とは言え、柏レイソルのジュニアチームともなれば入りたくても入れない子どもも多いと思うのですが、中村敬斗選手にとってはそんなことはどうでも良くて、ただひたすらに自分のサッカーを追求したかったのでしょうね。

さらに12歳の時にはマンチェスター・ユナイテッドのサッカースクールでプレーし、なんと優秀選手に選ばれた事もあります。
しつこいですけど、中村敬斗選手がまだ小学校時代の話ですからね(笑)

我孫子市立安孫子中学校時代

中学校に上がった中村敬斗選手は、これまた個人技を重視する三菱養和SCジュニアユースに所属します。
三菱菱和SCと言えば、元日本代表の永井雄一郎選手や田中順也選手のように、一芸に秀でた選手を輩出してきた名門です。

中村敬斗選手にとっては居心地が良くて自分を高められる、最高の環境だったと言えるでしょうね。
その才能と活躍振りからU-15に招集されて、日の丸を背負ってサッカーをするようになります。

中村 敬斗選手の日本代表歴

U-15日本代表
AFC U-16選手権・予選(2015年)
バル・ド・マルヌ U-16国際親善トーナメント(2015年)
U-16日本代表
SPORT FOR TOMORROW 日本・中央アジアU-16サッカー交流大会(2016年)
U-16インターナショナルドリームカップ(2016年)
AFC U-16選手権2016(2016年)
COPA UC 2016(2016年)
U-17日本代表
国際ユースサッカーin新潟(2017年)
バツラフ・イェジェク国際ユーストーナメント(2017年)
FIFA U-17ワールドカップ(2017年)
U-19日本代表
ブラジル遠征(2018年)
U-20日本代表
FIFA U-20ワールドカップ(2019年)
U-21日本代表
スポーツ・フォー・トゥモロー(SFT)プログラム南米・日本U-21サッカー交流 (2018年)

出典:Wikipedia

こうして見ると輝かしい経歴と実績の持ち主ではありますが、その道のりは決して順風満帆ではありませんでした。

2017年のU-17ワールドカップで4得点を挙げ、2018年にはアカデミー出身者以外からの飛び級でガンバ大阪への入団を果たします。
これはガンバ大阪が発足してから初めての快挙です。

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中村敬斗選手を支えてくれた人達

出典:NumberWeb

小学生の頃からすでに「自分自身を高めるためには何をすべきか?」を考え行動してきた中村敬斗選手ですが、その道のりは決して平坦ではありませんでした。
天才と呼ばれる事も多いですが常に危機感と隣合わせでしょうし、過去にはどん底も経験しています。

そんなターニングポイントとも言うべき時期に中村敬斗選手を支えてくれた、恩師の方たちとのエピソードがあります。

レヴィ―・クルピ監督からの寵愛

当時ガンバ大阪の監督はレヴィ―・クルピ監督でした。

レヴィ―・クルピ監督は選手の才能を見抜き育成する名監督で知られ、これまでも香川真司選手、乾貴士選手、清武弘嗣選手、南野拓実選手など、世界で活躍する名だたるプレイヤーを育て上げてきました。

中村敬斗選手は、そのレヴィ―・クルピ監督から「チームで一番シュートが上手い」と絶賛され、どんなに不調の時も起用され重宝されました。

ところがチームが成績不振になるとレヴィ―・クルピ監督は解雇されてしまい、それと同時に中村敬斗選手の出番も激減しまいます。

宮本恒靖監督からの期待

レヴィ―・クルピ監督の後任の宮本恒靖(みやもと つねやす)監督は、中村敬斗選手を「得点感覚以外のところはプロの平均以下。走れないし、戦えないし、球際も行かないし、オフ・ザ・ボールの動きも足りない」と酷評し、ベンチにすら入れない日々が続きました。

 

さらにはチーム9連勝がかかった試合前には、ガンバ大阪出身で現在は海外でプレーしている日本代表の堂安律選手と比較して、「(堂安)律が高3の時に残した結果と今の敬斗を比べると足りないよ」とハッキリ言い放ちます。

これに対し中村敬斗選手は「普通に比べると僕が劣っている。それをストレートに言われて、スイッチが入りましたし、やる気が出ましたね」と奮起し、ゴールを決めたのです。

森下仁志監督からの期待

宮本恒靖監督が指揮官になってベンチにすら入れなかった時期、中村敬斗選手はU-23での活動がメインになっていました。
その時にガンバ大阪U-23の監督をしていて中村敬斗選手の支えになってくれたのが、自身もガンバ大阪出身でJリーガーだった森下仁志(もりした ひとし)監督です。

当時の事を中村敬斗選手は、こう語っています。

「森下監督には本当に鍛えてもらったし、メチャメチャいい恩師だと思ってます。守備とかハードワークをやっていくと、自分の一番大事な武器を忘れてしまうんですよね。『それを発揮しなきゃいけない』と言われて、実際に出せたのが、ルヴァン杯(4月24日のジュビロ磐田戦、5月8日の清水戦)の2つのゴール。左から切れ込んで決めるっていう形が作れたのは、“本来の感覚”が戻ってきてる証拠だと思います」

出典:SoccerKing

自分で自分自身を見失ってしまう時期って誰にでもあると思いますが、そんな時に客観的に正直な意見をくれる存在というのは、本当に貴重だと思います。

實好礼忠監督との特訓

トップから外された時期に中村敬斗選手を支えてくれたもう一人の恩人が、宮本恒靖監督が現役時代の同期で若者の指導に定評のある實好礼忠(さねよし のりただ)監督でした。

 

当時の中村敬斗選手は課題をノートに書いたり居残り練習をするなど、自らを高めるための努力を重ねていました。
居残り練習をするということは練習後に先輩の車で帰れなくなるという事になりますから、ヘトヘトのまま電車で帰宅する羽目になります。

それでも中村敬斗選手はU-23での厳しい練習が終わってから、「ノリ(實好礼忠)さん、やりましょう」と声をかけ、マンツーマンで特訓をしたのだそうです。

当時のことを中村敬斗選手は

「ノリさんから学んだことは本当に多いですね。毎日のように1対1をやってもらって、例えば『今日はキレがない』とか『このフェイントを使えるようにしよう』とかアドバイスをくれる。ノリさん自身もDFの選手だったので、いい影響ばかりですし、マジで感謝しています」

出典:NumberWeb

と語っていました。

 

それに対し實好礼忠監督も、

「取り組みの意識の高さは高すぎるぐらいで、素晴らしいですよ。何もサボらないし、色んなことを、僕が見習うぐらいです」

出典:NumberWeb

と手放しで絶賛していました。

これを読むと「やはり天才は影で必死に努力しているんだな~」って思いますが、残念ながらそれは間違いです。
その意見は中村敬斗選手も同じです。

「僕は単純にサッカーが好きなんですよ。居残りで、ボールを蹴るのも1対1をするのも、好きだからやっているだけ。まあ、シンプルにトップチームに絡みたいという気持ちはありましたけど」

出典:NumberWeb

我々から見たら必死に苦労して頑張って努力しているように見えますし、そうしなければ天才にはなれないと思いがちです。
ですがトッププレイヤーとして活躍している人の中に、そんな努力をしてきた人は一人もいません。

彼らはみな自分が好きなことを誰よりも上手くなりたい」その一心で自ら進んで楽しんで努力をしています。

ですから苦しみではなく喜びであり、それがモチベーションの維持になっているのですね。
そういう対象が見つかっているというだけでも羨ましいと思いますが、そんな彼等の快進撃に期待しましょう!

 

2019ワールドカップU-20ポーランド大会の日本代表全メンバーの詳細や試合日程、テレビ放送予定やスタジアム等の情報が知りたい方は↓↓↓をクリックして下さいね。

U-20ワールドカップポーランド2019日本代表メンバーと試合日程
※随時更新中です

 

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まとめ

U-20W杯ポーランド大会にギリギリ滑り込みで入ったラストピース…ほとんどの人がそういう言い方をしますし、中村敬斗選手本人もそう話しています。

 

ですがこの記事を書いていて、今回の選出は偶然とかラッキーではなく必然なのだという気がします。

それはU-20のメンバーの郷家友太選手も同意見のようで、「やってくれそうな気がします。スピードとシュートの威力が武器です。敬斗自身は滑り込みでメンバーに入ったと思っているのかもしれないけど、この大会で自分がやってやるという意気込みもあると思う。」と語っていました。

そして「ワイワイ騒ぐようなタイプではなく、ピッチを離れるとそこまで特徴はないです(笑)。懐いてくれる良い子です」とも付け加えていました(笑)

 

「イケメン」とか「天才」等と周囲が騒いでも常に自分を客観視することを忘れず、自分の進むべき方向を見失わないように何事に対しても高い意識で取り組んできた中村敬斗選手。
その積重ねが絶対に実を結ぶ事を信じています!

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まっさんず

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