「令和」の由来や意味は?平成を決定した一人が秘密を暴露!

生活

引用:日本経済新聞

2019年4月1日月曜日

 

いよいよ新元号「令和」が発表されましたね。

これまで様々な憶測が飛び交い、予想のランキングなどでも盛り上がりをみせていましたが、みなさんの予想はいかがでしたか?

インターネット等で生年月日を入力する際も西暦が多く日常生活ではあまり氣にしていない元号ですが、これを機会に「平成」に感謝しながら新元号の「令和」に理解を深め、なるべく早く馴染んでいきたいですね

今回は新元号の「令和」の由来や起源、その文字に込められた想いや元号についての豆知識なども書いていきたいと思います。
さて今回の「令和」に決定した背景には、どんな願いや想いが込められているのでしょうか。

 

 

 

スポンサーリンク

もしかしたら「令和」の代わりになったかも知れない元号?

 

 

今回、ソニー生命の新元号予想ランキングでは、

 

1位平和47票
2位和平19票
3位安久17票
4位未来16票
5位自由11票
新生11票

 

7位大成10票
8位羽生9票
希望9票
10位安泰8票
安寧8票
太平8票

 

という結果が出ていました。

「平」や「和」や「安」といった漢字が目立ち、国民のみなさんが平和や安心を望んでいることが伺えますね。

 

 

ですが残念なことに、既に知れ渡っている元号候補は採用されないという過去の事例がありますので、このランキングが発表された時点でこの中から採用される可能性は無いと決定しました。

つまりランキングが発表されなければ、もしかしたらこの中に新元号があった可能性もあるという事です。

 

ソニー生命さん、結構責任重大かもですよ?

スポンサーリンク

「令和」の由来は?漢字に込められた想いは?

 

 

明治、大正、昭和、そして31年間続いた「平成」に続く新元号の「令和」ですが、どんな想いや希望が込められているのか?

そしてその由来や起源はどうなのか?

誰もが氣になる所を調査しました。

 

「令和」の由来は?

 

由来は万葉集 梅の花32首の序文からということです。

 

天平二年正月十三日に、師(そち)の老(おきな)の宅(いへ)に萃(あつ)まりて、宴会を申(ひら)く。時に、初春(しよしゆん)の令月(れいげつ)にして、気淑(よ)く風和(やはら)ぎ、梅は鏡前(きやうぜん)の粉(こ)を披(ひら)き、蘭(らん)は珮後(はいご)の香(かう)を薫(かをら)す。

加之(しかのみにあらず)、曙(あけぼの)の嶺に雲移り、松は羅(うすもの)を掛けて蓋(きにがさ)を傾け、夕の岫(くき)に霧結び、鳥はうすものに封(こ)めらえて林に迷(まと)ふ。庭には新蝶(しんてふ)舞ひ、空には故雁(こがん)帰る。

ここに天を蓋(きにがさ)とし、地を座(しきゐ)とし、膝を促(ちかづ)け觴(かづき)を飛ばす。

言(こと)を一室の裏(うら)に忘れ、衿(えり)を煙霞の外に開く。淡然(たんぜん)と自(みづか)ら放(ひしきまま)にし、快然と自(みづか)ら足る。

若し翰苑(かんゑん)にあらずは、何を以(も)ちてか情(こころ)を述※1(の)べむ。

詩に落梅の篇を紀(しる)す。古(いにしへ)と今(いま)とそれ何そ異(こと)ならむ。宜(よろ)しく園の梅を賦(ふ)して聊(いささ)かに短詠を成すべし。

※1:「述」は原文では「手」遍+「慮」

引用:万葉集入門

 

ちんぷんかんぷんなのでGoogle翻訳訳文も載せます。

 

天平二年正月十三日に、大宰師の大伴旅人の邸宅に集まりて、宴会を開く。

時に、初春の好き月にして、空気はよく風は爽やかに、梅は鏡の前の美女が装う白粉のように開き、蘭は身を飾った香のように薫っている。

のみにあらず、明け方の嶺には雲が移り動き、松は薄絹のような雲を掛けてきぬがさを傾け、山のくぼみには霧がわだかまり、鳥は薄霧に封じ込められて林に迷っている。

庭には蝶が舞ひ、空には年を越した雁が帰ろうと飛んでいる。ここに天をきぬがさとし、地を座として、膝を近づけ酒を交わす。

人々は言葉を一室の裏に忘れ、胸襟を煙霞の外に開きあっている。

淡然と自らの心のままに振る舞い、快くそれぞれがら満ち足りている。

これを文筆にするのでなければ、どのようにして心を表現しよう。

中国にも多くの落梅の詩がある。いにしへと現在と何の違いがあろう。よろしく園の梅を詠んでいささの短詠を作ろうではないか。

引用:万葉集入門

 

書き手は不明とされていますが、「おそらく山上憶良(やまのうへのおくら)ではないか?」と言われています。

そして、この頃の梅は中国大陸よりもたらされた珍しい植物とされていたようです。

 

 

外国文化との交流が盛んだった太宰府という場所で、外国由来の珍しい梅を歌に詠もうとした昔の人々が「いにしへと現在と何の違いがあろう」と記しているのが面白いですよね。

 

「令和」の文字に込められた想いとは?

 

万葉集 梅の花32首の序文から引用されたとされる「令和」ですが、その一文を記載してみます。

 

原文  初春月、氣淑風、梅披鏡前之粉、蘭薫珮後之香

訳文  初春の月にして、気淑く風ぎ、梅は鏡前の粉を披き、蘭は珮後の香を薫す

 

令月とは、何をするにもめでたいとされる月のことをさすようです。

決して命令の令ではなかったようで、ちょっと安心しました(笑)

 

以下は会見で安倍晋三首相が話された内容です。

 

「春の訪れを告げ、見事に咲き誇る梅の花のように一人ひとりが明日への希望とともに、それぞれの花を大きく咲かせることができる、そうした日本でありたいとの願いを込め、決定した」

「人々が美しく心を寄せあうなかで文化が生まれ育つという意味が込められている」

「新元号が広く国民に受け入れられ、日本人の生活のなかに深く根ざしていくことを心から願う」

「幅広い階層の人々が詠んだ歌が収められ、我が国の豊かな国民文化と長い伝統を象徴する国書だ」

 

「令和」に込めた想いを分かりやすく簡単にいうと?

 

「世界にひとつだけの花」の歌詞にあるように「ナンバーワンよりオンリーワン」

金子みすゞさんの詩にあるように「みんな違ってみんないい」

「個人を尊重し個性を認め花咲かせ、国民皆で協力しあって和をなす」そんな風に感じました。

 

凸と凹が噛み合わなければ、大きなジグソーパズルは完成しません。

凸だけのピースでも駄目ですし、凹だけのピースでも駄目です。

つまり、凸も凹も素晴らしいという事ですよね。

 

みんな同じだったらつまらない世界だと私は思いますから、「令和」に込められた思いに溢れた令和元年に期待したいですね。

 

スポンサーリンク

新元号「令和」とカズレーザーの意外な接点とは?

 

いつも話されてる内容も本質をついていて大好きな芸人さんですが、本名は「金子 和令(かねこ かずのり)」さんだそうです。

新元号をひっくり返したら本名とは・・・まだまだカズレーザーさんの時代は続きますね。

スポンサーリンク

元号の決め方は?

 

 

 

1868年、慶応4年に元号を明治元年に改めました。
その際に「一世一元」つまり、一人の天皇に一つの元号という事になったそうです。

それ以前の時代では、大災害があったとか飢饉があったとか江戸城が火事になった等の理由で元号を変えていたそうです。

元号だけにゲンをかついだのでしょうか?
日本には言霊と言って、言葉には魂が宿っているという独自の考え方がありますから、日本人ならではですよね。

 

元号選定手続きの内容は?

 

その後、1979年の大平内閣時代に出された「元号選定手続き」という閣議報告の中には、以下のように書かれてあります。

1 国民の理想としてふさわしいような意味を持つもの
2 漢字2文字であること
3 書きやすいこと
4 読みやすいこと
5 これまでに元号として用いられていないこと

これらを元に政府が極秘で何人かの学者に案を提出してもらい、有識者による「元号に関する懇談会」で提案されます。
ここで支持された案が、内閣の全閣僚会議で決定するそうです。

 

しかも

明治  M

大正  T

昭和  S

平成  H

と頭文字が異なるようにしなければなりませんし、世間に知られていないものでなくてはなりませんから、考えるのも大変な作業ですよね。

元号に関する懇親会とは?

 

 

ちなみに上のTweetは、「平成」に改元された時の元号に関する懇親会メンバーです。

この中にお名前のある、元早稲田大学総長西原春夫さんは後にこのように語っておられます。

 

今思い返すと、昭和天皇が亡くなられる前の年、昭和63年の2月に、当時早稲田大学の総長をやっていたんですが、入学試験の真っ最中で学内立ち入り禁止という状況の中、当時の小渕官房長官に仕えていた古川さんがわざわざ大学にお見えになったんです。

手帳を見ると、古川さんが2月22日の午後1時半に早稲田大学に来られた。こんな方が来られたということは、ここで私は懇談会の委員に委嘱されたと言っていいだろうと思うんですね。

当時は「すべてを秘密にしてほしい」、「委員に委嘱されたことも秘密にしてほしい」と言われたので、私は普通だったら色んなことを手帳に書くのですが、ところが全部書いていないんです。

こういうことを見ても、2月22日に委嘱されたということは間違いないんだろうと思います。

NHK政治マガジン

 

今回は生前退位ですから予定通りに進められますが、当時の昭和天皇の時は崩御なされての譲位ですから、ご病状の変化をいつも氣にされていたそうです。

毎年恒例のスキー旅行に行く際もワイシャツやスーツを常に持ち歩いていたそうです。

元号を決めるメンバーに選ばれるのは光栄なことですが、なかなか大変ですよね。

 

元号に関する懇親会でのやりとりは?

 

平成に改元する時の懇親会の様子をまとめると、

  • メンバーが招集される
  • 官邸から候補が配られる
  • メンバーで会議して決をとる

となっていたそうです。

 

当時は「平成」の他に「修文」「正化」という候補があったそうですが、官邸側が一番最初に「平成」を提示したそうで、その時に西原さんは「官邸側は平成推しなのだな」と感じたそうです。

もしかしたら今年は「修文31年」や「正化31年」だったかも知れないと思うと、なんだか不思議な感覚ですよね。

 

「令和」決定に携わった有識者は誰?

 

山中伸弥  京都大学iPS細胞研究所所長 ノーベル生理学・医学賞受賞者

林真理子  小説家、エッセイスト

宮崎緑   国際政治学者、ニュースキャスター

寺田逸郎  第18代最高裁判所長官

榊原定征  東レ株式会社相談役、一般社団法人日本経済団体連合会名誉会長

鎌田薫   法学者、第16代学校法人早稲田大学総長

白石興二郎 読売新聞グループ本社代表取締役会長

上田良一  第22代日本放送協会(NHK)会長、米国三菱商事代表取締役社長

大久保好男 。日本テレビホールディングス代表取締役社長

敬称略

スポンサーリンク

まとめ

 

昭和や平成が決まった当時は今のようにインターネットが発達していませんから、新元号が中華料理店の屋号などとかぶらないように地道に手作業で確認したそうです。

それはそれは大変な作業だったことでしょう。

 

そして、インターネットを介して様々な情報が瞬時に世界を駆け巡る2019年ならではの悩みとしては、既に世間に周知されているものと被らないようにという、便利であるが故の過去とは異なる悩みもあります。

 

さらに新元号に移行する2019年5月には、過去最大級の10連休のGWも控えています。

10連休のGWに関する記事はこちら

令和の豆知識や放送事故画像はこちら

修正や調整の作業に追われる方々も大勢いらっしゃるでしょうから、そういった方々と「平成」に感謝をしつつ、新元号の「令和」に馴染んでいきたいですね。

 

生活
スポンサーリンク
スポンサーリンク
シェアして下さると嬉しいです
massanをフォローする
スポンサーリンク
まっさんず

コメント

タイトルとURLをコピーしました